会津 磐梯の旅            小川辰也

10月6日、旅は越後湯沢から始まる。車は越後平野の南の魚沼郡、「魚沼こしひかり」の真っ只中を走る。
獲り入れは大分終わっているが稲架は余り見当たらない。まもなく只見川、JR只見線を右に左に見ながら谷間を走る。
約1時間で田子倉湖に着く。大分水は減っていたが、奥只見湖とともに只見川水系の大きなダムである。まもなく両方の水を集めた只見川と並んで走る。只見川の水量は豊かで利根川に匹敵する。トンネルでこの水を関東へと考えるのもうなずける。只見川は阿賀野川に合流して日本海に入る。
只見川渓谷から会津盆地に入る所に会津七福神の恵比寿様を祭る霊厳山園蔵寺が只見川を見下ろす崖の上にたっている。ここにも石の撫牛があるが長年の撫でられたのと風化で石の塊となり隣りに新撫牛が世代交代して坐っている。
ここで只見川と別れて会津盆地へ入る。黄金色に波打つ中を一路会津若松へ。
まず鶴ケ城にゆくのが仁義というもの。平日の午後、紅葉ももう一つという時期で空いていた。鶴ケ城撮る位置で全く感じが変わる。
少し回り道して会津藩の薬草園の「御薬園」にゆく。半分が薬草園、半分は庭園、私の知っている草の花は全部薬草らしい。園内での売店でひまわり、かぼちゃ、スイカの種を煎った物をつい買ってしまう。
これで第1日の日程は終り。東山温泉の宿に入る。


鶴ケ城
関東南部雨の予報だが当地快晴。まず飯盛山の白虎隊自刃の址。
下から坂と階段で上るのだが、幾許かの料金でエスカレターで上れる。このエスカレーターは屋根が無い。雪が降ったら使えないのではと心配するが雪が降ると飯盛山全体がクローズとのこと。この山は名なしの山だったが、自刃の後飯盛さん〔家〕 の山と言うことで飯盛山になった由。なるほど周りには飯盛家の屋敷とか墓が並んでいた。下りは歩く。
一段下がった所に「さざえ堂」というさざえの形をしたお堂がある。その前に句碑が一つ。
    天高しピサの斜塔とさざえ堂   成瀬桜桃子

さざえ堂
あと一路猪苗代湖までゆき湖岸で一休み。湖面に白鳥がもう来ていると思ったがあれは家鴨と言う意見もあり不明。
これで会津盆地と別れ裏磐梯に入る。真っ直ぐに五色沼にゆく。今まで割と空いていたが、ここは観光バスの行列。おりて人並みに沼を廻る。瑠璃沼の辺に 秋桜子の句碑がある。
    水漬きつつ新樹林は楊ましろなり   水原秋桜子
この句は、秋桜子の歳時記を見ると裏磐梯瑠璃沼の前書きで「水漬きつつ新樹の楊(やなぎ)真白なり」となっている。
 

五色沼(毘沙門沼)
そろそろ昼近く喜多方に急ぐ。今日は喜多方ラーメンを食べる予定。
ガイドブックに載っている店を探すが、すでに店を閉めている所もあり、結局駐車場のある店に入った。食べたのは食べたが味はわからない。
午後は米沢の町に入る。 米沢での見所は上杉廟。天をつく杉の樹林の中に、上杉家十二代の廟が謙信を中心に一列に横に並んでいる。
次は米沢城址。もともと米沢城は平城で天主閣はない。城内に上杉神社を作り、謙信と鷹山を祀っている。 市の南はずれの 北国一番札所という茅葺の苔にまみれた笹野観音堂に詣でて今日の日程を終わる、小野川温泉の宿につく。


上杉家廟所
ちょっと朝冷え込んだが今日も好天が続く。
裏磐梯の北の西吾妻山のスキー場のある天元台まで空中ケーブルで上る。吾妻、蔵王、朝日の山々が見える。天気がよければ鳥海山も見えるらしい。この辺りもまだ紅葉は少ない。
途中最上川源流の碑を過ぎ、峠に近づく辺りから紅葉が目立ってくる。

磐梯山(裏)
白布峠から見ると磐梯山の吹き飛んだ山容がはっきりする。峠を下ると昨日の五色沼の周辺に出る。磐梯の噴火で沼が七十数個できたらしいが、なるほど大 小の沼が続く。沼を見ながら、紅葉の名所と言われる中津川渓谷を経て浄土平につく。ここは一切経山と吾妻富士との間の火山ガスの今でも噴いている荒地で恐山にも似ている。 青畝先生の句の「梨棚や一切経山を西に見て」はこの山を東側の福島側から詠まれたのでしょう。
ここから一直線の道を福島へ走る。走行500kmの旅は福島で終わる。

浄土平

平成15年10月

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