彦根周辺吟行(1) 古谷彰宏
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長純寺 彦根駅西口(琵琶湖側)から彦根城へ向かって左方向、徒歩約6分。何故か俳人協会発行の「近江吟行案内」には掲載されていない。彦根藩35万石の大身(高位・高禄)藩士の菩提寺(曹洞宗)であった由。今は全く廃れて本堂は無い。 三百石取りの彦根藩士・芭蕉門十哲森川許六の墓があるが、地元でもそのことを知る人は少ない。僕の場合は彦根御出身の俳人の車で食事に行く途中、幸運にも道を間違えた序でに教えて頂いた。墓掃除の老人の話では「昔は寺領が今の三倍程もあったが、段々檀家が散り散りになり本堂は壊れたままになり、再興出来なかった。昔、寺領が狭くなった際に、もしかして許六の墓も動かされたかも知れない」という。 驚くことに許六のお墓は、台石一つにやや傾いた墓石が載っているだけで、隣との間隔も無く、寄墓の趣き。墓石の前に小さな石碑があり、「五老井森川許六の墓」と書かれているのでやっと判る。粗末な墓石には、文字が書かれているが風化し、上の方に「五老井」と微かに読める程度で、あとの文字は読み取れない。墓石は丁寧に洗うと台石から離れてぐらぐらする。
何度行っても、その度に供花は無く、線香の跡も無い。許六は子孫に恵まれなかったのだろうか。蕉門十哲の中で一番粗末な御墓と思う。(嵯峨野の去来の墓は虚子の字余りの句で小ささが有名であるが、許六の墓の方が粗末である) 秋の彼岸に関西の俳人数名を御案内した時も、供花も線香も無かった。駅前で供花・蝋燭・線香を買い、皆さんにも供花・線香をあげて頂いた。 供花もなき許六を悼み墓洗ふ しらほ
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平成16年10月