彦根周辺吟行(5)          古谷彰宏

 

  醒ヶ井さめがい居醒の井 いざめのい):JR 醒ヶ井駅 から徒歩5分程度

(見所: 居醒の井という清水、地蔵川の梅花藻、地蔵川沿いの桜・百日紅・まんじゅしゃげ・紅葉、居醒の井近くの地蔵堂の地蔵盆、運が良ければ芋水車、西行水と呼ばれる清水と泡子塚、雪景色など)

   景行天皇が日本武尊に、旅人を困らせている伊吹山の大蛇を成敗する様に命じられ、日本武尊が大蛇を退治した。しかし日本武尊は大蛇の毒で高熱を出され、ようやくここの清水に辿り着き、身体を冷やすと悪夢から醒めた様に元気になられた。それで「居醒の井」という・・・由来書が源流の上にある。


醒の井の源流   居醒の清水

右手を高く上げた日本武尊像と、清水には尊が身体を冷やしたという腰掛石、馬の鞍を掛けたという鞍掛石、蟹の形をした蟹石などがあり、一年中、約14度位の水が湧き出している。

大芭蕉日本武尊の像嬲る  波出石 品女  


居醒の清水 日本武尊の腰掛石と鞍掛石

  

 ここの清水は湖東三名水(醒ヶ井・十王村の噴井・伊吹山麓の水)の一つと云われ、近所の人は勿論、草津辺りからも料理屋さん達も汲みにくる。(彦根に住む僕も一週間に一度位は汲みにくる。日本茶・コーヒー・味噌汁など断然味が違う)。   

 

地蔵川の梅花藻の中に棲むハリヨという珍しい魚は、地蔵堂の横の水槽に飼われており、何時でも見ることが出来る。  

 

 避暑散歩ハリヨの棲める川に沿ひ  古谷 多賀子

 居醒の井を源流とする地蔵川に沿う古い街並みは、旧中仙道の醒ヶ井の宿場であった。宿場街の中心辺りの本陣跡は、今は仕出屋さんになっている。

 地蔵川には6月から8月にかけて、梅花藻が梅の花に似た花を持ち上げ、流れに揺らぐが、問屋場跡の前の梅花藻が最も多く綺麗。また梅花藻の上に百日紅の花が散った様子はカメラマン達の狙いどころ。  

真夏には1ヶ月間、水中夜間照明し、避暑人で賑わい、箱眼鏡で梅花藻を見せてくれたりする。


梅花藻

 

    藻の花のゆらぎゆらぎて触れ合はず  大星 たかし

    梅花藻のさゆらぐところ投光器    古谷 彰宏

 8月23日24日の地蔵堂の地蔵盆は、今でも宿場街全体が御祭りさわぎで、大変な賑わいを見せる。醒ヶ井の宿場街道(中仙道)には、地蔵盆の時に山車を停める為に広げた場所が四ヶ所あり、昔は四台の山車を引き廻した後、街道の広い場所に停めた四台の山車の上で、それぞれ子供狂言が奉納された由。

     奉納の子供狂言地蔵盆        古谷 彰宏

  梅花藻の盛りが過ぎる頃、地蔵川の市川さんというクリーニング屋さんの前に一時期、芋水車がかかることがある。関西の俳人を御案内の際、特別に芋水車を掛けてくれる様、御願いしたら御主人は簡単にOKして下さった。

前日に念の為に訪問し再確認したところ、残念ながら持ち主が別の人で、後で乾かしたり、しまったりが面倒で嫌がっているという。

気の毒がってくれた奥さんに、「広島や神戸の遠方から俳句の人達が、芋水車を楽しみに醒ヶ井を訪ねて来るのです」と話し、再度持ち主にお願いしてくれる様に御願いし、ようやく当日、芋水車を見ることが出来た。(当日、お礼に高価な御菓子を二つ持参したのは、言う迄も無い)

     石垣に差し込む棒や芋水車     波出石 品女

  宿場はずれに西行水と呼ばれる清水があり、岩の中腹に泡子塚(ほうしづか)がある。・・・若い西行が東くだりの途中、ここの茶店に寄って、お茶を飲んだ。西行に恋した茶屋の娘が、西行が飲み残したお茶を飲むと妊娠し、男の子が産まれた。

 翌年、東国からの帰りに茶屋の娘から、その話を聞いた西行が、男の子に向かって「本当に泡から生まれたのなら泡に帰れ」と言ったところ、たちまち泡になったという。

高い岩の中腹の泡子塚には、手が届かない所にもかかわらず、何時も花が供えられている。


泡子

 芋水車の件でも感じるが、醒ヶ井の宿場街を守る人達をはじめ、滋賀県の人達は皆、親切で、心がやさしいのだと思う。あたりの風景・空気・水などに恵まれたせいだろうか。僕の子供の頃は、どこでも同じ様であったと思うが・・・。

平成16年10月

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