今月の緑樹集

緑樹集9月号の巻頭から三席の作品と主宰の選評をご紹介します。


米子 佐藤夫雨子
はばからず御製碑に乗る梅雨鴉
鞍の金眩しき牛や花田植
早乙女はなべて絣着花田植
早乙女は泥へ素はだし花田植
玉苗を挿す腕白し花田植
山国の風の強さや破れ傘




米子 由木みのる
山頂へ色重ねたる若葉かな
藩廟の静けさに竹皮を脱ぐ
海光の眩しきなぞへ袋掛
奥の院青葉隠れに見えてきし
膨れくる卯浪に隠岐の島見えず
国引の岬を包める夏霞


広島 波出石品女
富士壺の付着の儘の牡蠣を割る
補植しぬ田植機任せとはゆかず
太かりしこれぞ大山蕨かな
簡単に指もて捌く鰯かな
強打せず余韻たのしむ鐘涼し
鉢に敷く網は蛞蝓除けなりし




主宰の選評

  
早乙女はなべて絣着花田植 佐藤夫雨子
早乙女はもともと、田の神に奉仕して田植の祭儀につながる巫女であったと言われる。紺色の手甲脚絆、白い手拭、赤い帯襷に菅笠の早乙女姿は美しい。広い田圃で田植に励む姿は、今は見る機会が少なくなった。
花田植は田舎に残る行事の田植であろうか。早乙女が同じ配色の絣の着物であることが印象に残った。
膨れくる卯浪に隠岐の島見えず 由木みのる
晴天の日には日本海の彼方に隠岐の島が見える山陰の海岸も、陰暦四月のころは波が高いので、隠岐の島が見えないこともある。日本海の荒海に隠岐の島を眺めた。

太かりしこれぞ大山蕨かな 波出石品女
作者は若いころ鳥取地方に縁があって、大山のことは熟知している。大山に生えた太い茎の蕨を見て、思わず口から出た言葉である。